今日も樹木調査で、あるお宅に伺ったのですが、とても気の良い奥さんが歓迎してくれた。(そんなことはめったにない)
奥さんは木が好きで、落ち葉が落ちるシーズンは毎日4時起きで道路を掃いているそうだ。
今日も私たちが調べている間、掃除していました。
何気なく置いてあるホウキを見たら、そのすり減りように驚愕しました。
何人かで掃いているのか?と聞くと、「もう掃除するのは私一人でねえ。ホウキを捨てるのが面倒で、置いてあるだけなのよ」
とのこと。長年のご苦労、痛み入ります。
「毎日掃いているんだけど、近所の人が「今日は家にうん枚落ち葉が入ってきた。」と苦情を言いに来るのよ。みなさん木が嫌いだから・・・少しぐらい許してくれてもいいのにねえ」と残念そう。
落ち葉の苦情を言う人の声が大きすぎて、木の持ち主は肩身が狭い。こんなにご苦労されてて、数枚でも落ち葉を許してくれない。「お宅の木、切って欲しい」と暗に迫られているようなものだ。どうしてこんな風潮になってしまったのだろう?
ここのお宅には、幹周3mを超えるりっぱな木がたくさんある。よくぞ苦情に負けず残してくれました。と表彰されてもいいくらいだ。
都会で大きな木を守るのは大変なことだ。落ち葉の苦情より、木を褒める声が大きくなる方法はないものかと考え込んでしまった。

